皆様いつもありがとうございます。
「向付って何?」と、お客様に質問されることがあります。
当店でいうところの「向付」というのは「お造り(刺身)」の事を
さしていますが、本来の「向附」は茶懐石からきている献立名で
「お造」とは限りません。
「向附」について茶懐石から紐解いていくと何冊も本が書けるほどの
文章の量になるので今回は質問された時にザックリと答えられ位の
解説プラスαをしていきます。
この記事は「辻留 向附(婦人画報社)」から引用しています。
「向附」についてもっと詳しく知りたい方は本書を手に取ってみてください。
そろそろちゃんと日本料理について勉強したい方必見です。
「向附」とは何か
懐石は一汁三菜をたてまえとする茶席の食事で、その内容は
「向附(なます)」「御汁(味噌仕立て)」「椀盛(煮物)」「御菜(焼物)」
からなっています。
膾(なます)は鮮魚のお造りを主体とし、時には野菜の膾のなどでおもてなしを
する事もあります。
写真の様に折敷(おしき)の向こう正面に膾を、左・ご飯、右・御汁
と三角形に置きあわせられるので、「向附」とよばれるようになりました。
魚の「向附」
ナマスとサシミ
楪(ゆずりは)に盛られた膾(なます)が陶磁器に盛られるようになり、
「向附」と呼ばれるようになると、器の中の膾も「むこうづけ」と呼ばれるように
なりました。
生魚を細く切り割き、酢で調味する・・・これが膾です。
生(なま)と酢(す)が結びついてできた言葉だそうで、日本に古くから伝わる
調理法の一つです。
今日のように生魚を醤油で食べるのは室町期の中頃に「絞った醤油」が
できてから以降のことです。
醤油で調味するようになっても、なおナマスというのは具合がわるいので
これはナマスと切り離して「サシミ」と呼ばれるようになりました。
サシミの出現によってナマスが消滅したわけではなく今日「酢の物」と
呼ばれているものがナマスです。
膾という文字からもわかるようにナマスの最も古い形は獣肉を用いたもので、
猪や鹿がその材料だったそうです。そして生猪(ナマシシ)が訛ってナマス
になったという説もあります。
獣肉食を嫌う風が生じて魚肉が主として用いられるようになってから
「鱠」という魚編の文字が作られたそうです。
江戸期の料理書のナマスのほとんどが魚編になっているそうです。
鮮と旬
日本書記には「割鮮」とかいて「ナマスツクル」と訓ませている箇所があると伺いましたが、
新鮮でさえあれば淡水、鹹水の別なくすべての魚がナマスにして食べられると申します。
「割鮮」という文字から「割烹」という文字を連想するのですが、割は鮮を切り割くこと、
烹はそれを煮焚きすることであります。
そして、日本の料理は「割主烹従」の料理だということを強調したいのであります。
「材料の良質を得れば、なるべく手数をかけずに賞美するのが日本料理の鉄則である」
「割主烹従」(かっしゅほうじゅう)というのは、材料を切り割いてそのまま食べる
生物が主で、煮たり焼いたりする料理は主を引き立てる従であるという考え方の事です。
これは日本が四囲を寒暖二つの潮流に洗われる長い海岸線に恵まれ、四季それぞれに美味しい
新鮮な海の幸、山の幸がいながらにして賞美できる環境であったからこそ生まれた考えかた
だと思います。
作り身の作り方
本書では作り身の作り方をその一からその三にわけて解説してあります。
その一「魚の水洗い」
その二「三枚にあげる」
その三「お作り」
作り身を作る工程でこのように三つに分けられているのには理由があります。
その三から解説いたします。
その三「お作り」
調理場で「お作り」を引くのは「花板」の仕事です。
料理人の事を「板前」といいますが、これは俎板の前に常にいることから
そういわれるようになったそうですが、その中でも最高指揮者、最高責任者が
「花板」です。昔は「花板(料理長)」というのはお作りを引いて献立を書くだけが
仕事でした。(現代の料理長はそういうわけにはいきません。)
腕のたった板前がよく切れる包丁で作ったお作りは美味しいといわれます。
お作りの切り口をみて板前の腕がわかり、板前の腕の程度によって全体の料理の程度が
判断できると云われたそうです。
「お作りとお刺身」
お作りというのは関西言葉で、関東では刺身と申しますが、お作りと刺身では
全く同じものだと言いきれない若干のニュアンスの相違があるようです。
お作りにも下記のような技法がありますので簡単に解説いたします。
「平作り」「薄作り」「引き作り」「へぎ作り」「切り放し作り」「細作り」
「五六」「小波作り」「笹作り」「短冊」「ぶつ切り・乱切り」「重ね作り」
「切り落とし」「洗い」「湯ぶり」「湯引き・霜降り」「焼霜」「叩き」「昆布〆」
「平作り」
平作りはお刺身といえばすぐ連想される作り身で、お作りの中で代表的なものです。
鯛、鰹、めじ、鰆などが平作りに適しています。
俎板をよく洗い、水気を拭き取り、俎板の手前の縁に沿って身を横一文字に置きます。
包丁は柄元からあてるのですが横一文字の右の端から切り始めます。
切り口がたつ、というのはこの最初の包丁をやや左の方にねかせ
左から右へと切りおろすように角度をつけ、切り離した作り身を右へ
移動させて包丁を右へ倒すようにして並べると切り口に段がつき
一片ずつの作り身がたってみえるようになるのをいうのです。
上身を横一文字に置くとだいたい2cm位の厚さになります。
厚さ2cmの身を5㎜から8㎜くらいの間隔で包丁の角度は15度程度
左へねかせて切り離す、これが品位もあり美味でもる平作りの標準の形です。
「薄作り」
薄作りは平作りの包丁の間隔を縮め2㎜ないし3.5㎜ほどにしたものです。
おこぜの薄作りの包丁間隔は2㎜よりももっと狭く、1㎜ないし1.5㎜程度ですが
これを俗にフグ作りといいます。
これは肉質が硬くあまり分厚いお作りでは噛み切れないところからの薄作りです。
魚の肉質の硬軟は生活環境、棲息する海の深さによってかなり影響があるようです。
同じ魚でも身体の部位によって硬軟の差があります。
鮪の赤身とトロでは赤身は軟ですが、トロは硬です。
脂ののった身は薄作りにしてこそ、その美味をよりよく味わうことができるのです。
魚の肉質の硬軟は鮮度によっても差を生じます。
鮮度の高いものほど硬で鮮度が低くなると軟になります。
懐石では薄作りを切り重ねたまま盛ることは少なく、薄作りにしたものを褄折とか
二つ折、または乱盛り、重ね盛りなどにします。
「引き作り」
引き作りはまったく角度をつけない薄作りです。
包丁は俎板に対して垂直におろします。
そして切り終わりもそのまま包丁を引き抜いて作り身を右に移動することも
いたしません。
盛り方は一枚づつ箸で器に移しますが折りたたむなり互い違いに盛りあげるなり
簡素につつましやかに行います。
「へぎ作り」
へぎ作りは別名そぎ作りともいいます。
へぎ作りは「洗い」の作り身によく用いられる作り方です。
また昆布〆にする場合や平作りにしては幅が足りない中形魚も
へぎ作りにします。
へぎ作りは皮付だった面を下に尾だった方を右向うへ
頭を左手前に身を置き、左手前から包丁します。
包丁は尾の方へ峯をねかせ刃が斜め手前になる構えになります。
切りはじめは柄元から切り終わりが刃先になるのは平作りと同じです。
「切り放し作り」
あまり肉質の硬くない魚を洗いにするときによく用いられる作り方です。
平作りと同じように身を横一文字に据え、へぎ作りとは逆に右へ右へと
斜めにへぎ切るように切りすすみます。
「細作り」
細作りは懐石の向附のお作りの最も典型的な作り方です。
殊に一塩魚のお作りでは、細作りにしなければ美味しく召し上がって
頂くことができません。鱚や鮎などのように魚そのものが細長いもののお作りは
細作りが最も適しています。
細作りをすっきりとした杉盛りにした向附は茶席の静寂な雰囲気にもピッタリします。
「五六」
伊勢海老や鰹、鮑、まぐろなどは五六に作ります。
五六とは五ないし六分角の賽の目という事で正式には角作りと申します。
五六分角の拍子木に木取りそれをさらに正四角形に作ります。
「小波作り」
鮑、蛸、烏賊などをへぎ作りの要領で切りおろすときに、包丁の刃を波状に動かします。
切り肌にこまかな段がつきますが、この景色から小波作りと呼ばれています。
「笹作り」
小柄な魚の幅の狭いへぎ作りを笹作りといいます。
鮎、鯉、などの川魚のへぎ作りに笹作りが応用されますが、名称にこだわって
笹の葉のように切ろうとする必要はありません。
幅の狭い身をへぎ作りにしたそのままの素直な形で良いです。
「短冊」
短冊は平作りの巾をやや大きめに作り、包丁の間隔もやや大きくして切ったものです。
平作りと異なるところは切り下す包丁を俎板に対して直角にすることです。
烏賊や鮑などでは召し上がる方の年齢によっては、かくし包丁をする必要があります。
「ぶつ切り、乱切り」
鯛のぶつ切りに山葵醤油をかけて・・と、美味しい刺身の代表のように言われますが、
これは釣れた鯛をその場でなりふり構わず手早く手軽く作ることを言ったものです。
平作りにならない尾鰭に近い部分をぶつ切りにするのもぶつ切りです。
ぶつ切りに似た乱切りというのがあります。一つ一つの作り身が姿、大きさが
異なるという点がぶつ切りと共通です。
しかし、細作りの丈が一定しないのはぶつ切りとはいわず乱切りといいます。
「重ね作り」
烏賊と唐墨を重ね作りにします。
包丁間隔6mmくらいの烏賊に薄切りにした唐墨をサンドしたものです。
「切り落とし」
切り落としは鱧に限る名称です。
切り落としはある程度骨切りをすすめた身を切り放して湯ぶりにかけたものです。
鱧の骨切りは一寸に二十四の包丁目をいれるのが上手といわれ、特別な
骨切り包丁を用います。
「洗い」
へぎ作り、切り放し作り、笹作りなどにした生魚のお作りを激しい流水にさらして
余分な脂肪をとりのぞき口あたりをよくしたものを洗いと申します。
「湯ぶり」
洗いを水でせずに、ちょっと水をさして温度をおさえた熱湯でしたものを
湯ぶり、または湯洗いといいます。
湯の温度が高すぎると作り身全体が茹で上がりますし、低すぎると
べちゃとした食感になってしまいます。
「湯引き、霜降り」
小鯛、こちなどは皮が美味なので皮を引いてしまうのはあまりに惜しいので
皮付のままお作りにします。
三枚にあげた皮付きの身を布巾を覆って折蓋の上に据えやや斜めにして
布巾の上から熱湯を注ぎすぐ氷水に浸します。
熱湯を受けた皮肌は皮肌だけがちりちりと茹であがった状態になり
やわらかく召し上がりやすくなります。
「焼霜」
焼霜は火に直接かざして皮肌、身のぐるりに霜をあてるのですが
あまり強い火ですと身の中まで火が通ってしまうので好ましくありません。
理想は藁火が良いとされています。
藁はぱっと炎がたちますが熱としてあまり強くないのです。
皮肌を下に俎板の上に置き金串を二本さして火にかざし、
皮を下にして串を刺すとき半円にカーブしている皮肌を平にして
串を打つようにします。
全体が霜降りになったら一度水につけて冷やし水気をよくふき取って
串をぬき、平作りなり、薄作りなりにします。
「叩き」
叩き膾の叩きは出刃包丁の刃で鮮魚を叩き切るので叩きです。
小鯵、鰯、小鯛などの新鮮なものを三枚にあげ腹皮をすきとり小骨をとり
出刃包丁で細かに叩き切り薄く塩をふって手早くまぜわせ2cmくらいの
ぶ厚さにまとめて色紙なり、短冊に切って器に盛り、浅葱にみじん、
おろし生姜を添え、酢をたらした濃口醤油ですすめます。
「昆布〆」
昆布〆は炉の季節のものです。
鯛、鯧、鱚など肉質のしまった魚のへぎ作り、切り放し作りを幅のひろい
真昆布の上にならべてくるくると巻き込み、竹に皮の細裂きでくくって
1時間ほどおいてとりだします。
本来魚がもっていた旨味みに昆布の旨味がほんのりと添えられて
生のお作りでは味わえなかった美味が生まれます。
その二「三枚にあげる」
「三枚にあげる」というには「三枚におろす」という意味です。
関東では「魚をおろす」と言いますが、関西では「あげる」と言うそうです。
京都では「おろす」と言う人の方が多い気がしますが、確かに「あげる」と言う人もいます。
三枚に・・の三枚とは脊椎を中央の一枚と勘定して左右のそれぞれの身が
二枚の計三枚という意味です。
魚を三枚にあげるのは調理場の中では「脇板」や「向板」の仕事です。
花板の脇にいて補佐をする板前だから脇板、
花板の向側で補佐をする板前だから「向板」です。(「向附」みたいですね)
三枚にあげた身には背側の身と腹側の身と境界になっている血合いや
腹腔に喰い込んだ肋下骨が付いたままになっています。
まず腹腔の骨を取り除きます。
また血合いは背の青い魚にくらべると鯛にはほとんど無いといってもよいくらい
少ないのですが、この境界線には硬い小骨があるので背側にみと腹側の身を
刺身包丁で切り離しながら小骨の部分を切り捨てるようにします。
木取る
三枚にあげた片身をさらに背と腹の身にわけるといった
片身を「お作り」のために都合の良い形と大きさに切ることを
「木取る」といいます。鮪だと「柵どり」とかいいますよね。
皮を引く
俎板に尾を左手前にして斜めに置きます。
刺身包丁刃渡り全体を十として、刃先から三ないし四くらい手前の刃を
尾から1cm程の身に切り込み、皮でとまるところまで刃ざわりで
突きあたったら刃を向にしてねかせます。左手の親、人差し、中の三指で
尾先の身をしっかりと掴み包丁を切り進めながら左手を引くようにします。
さあ、あとは作りを引くだけの状態にして花板に作り身をまわします。
その一「魚の水洗い」
魚の水洗いは魚を扱ううえで基本中の基本、最も大事な工程です。
殆どの調理場では魚の水洗いはボウズ(見習い)がやります。
ワタクシもボウズの頃は魚の水洗いをやりました。
夏場ならいいのですが、冬の水の冷たい時期の魚の水洗いは辛いんです。
とくにワタクシの働いていたお店は外に洗い場があったので寒いし冷たいし。
しかし、この水洗いがきっちりと出来ないと向板にあがることはできないし、
まして花板になることもできません。
魚の水洗いについては別記事で解説させていただきます。
水洗いできた魚は清潔な布巾などで水気をふき取り、向板にまわして
三枚にあげてもらいます。
作り身を作るのに、この三工程に分けることで作業効率もあがり、
それぞれの工程を行う場所を変える事で衛生的にも安全だからです。
しかし、小さい調理場ではその工程をわけるほどのスぺースがとれなかったり、
人員を確保できないといった問題もあります。
そのことから、最近の飲食店では魚をおろすところまでは
業者にたのんで、その二、その三だけを調理場で行うという傾向にあります。
作り身の材料
本書では作り身に使う魚介類の全てについて細かく解説してありますが、
この記事ではそれは割愛して名称だけを紹介します。
鯛(たい)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鯧(まながつお) https://www.zukan-bouz.com/syu/
鮪(まぐろ)https://www.zukan-bouz.com/syu/
甘鯛(ぐじ)https://www.zukan-bouz.com/syu/
海老(えび)https://www.zukan-bouz.com/com/
蛸(たこ)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鱅(このしろ)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鰆(さわら)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鮭(さけ)https://www.zukan-bouz.com/sake/sake/sake.html
海鼠(なまこ)https://www.zukan-bouz.com/com/
蟹(かに)https://www.zukan-bouz.com/com/
鱈(たら)https://www.zukan-bouz.com/syu/
白魚(しらうお)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鰈(かれい)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鱵(さより)https://www.zukan-bouz.com/syu/
茂魚(あこう)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鰹(かつお)https://www.zukan-bouz.com/syu/
寛八(かんぱち)https://www.zukan-bouz.com/syu/
車海老(くるまえび)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鯵(あじ)https://www.zukan-bouz.com/com/
鱸(すずき)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鱧(はも)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鱚(きす)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鯒(こち)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鰯(いわし)https://www.zukan-bouz.com/com/
鯖(さば)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鯊(はぜ)https://www.zukan-bouz.com/syu/
烏賊(こういか)https://www.zukan-bouz.com/syu/
(けんさきいか)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鮒(ふな)https://www.zukan-bouz.com/com/
鯉(こい)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鮎(あゆ)https://www.zukan-bouz.com/syu/
みる貝https://www.zukan-bouz.com/syu/
牡蠣(かき)https://www.zukan-bouz.com/syu/
蛤(はまぐり)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鮃ひらめhttps://www.zukan-bouz.com/syu/
赤貝(あかがい)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鳥貝(とりかい)https://www.zukan-bouz.com/syu/
平貝(たいらかい)https://www.zukan-bouz.com/syu/
鮑(あわび)https://www.zukan-bouz.com/com/
栄螺(さざえ)https://www.zukan-bouz.com/syu/
唐墨(からすみ)https://www.zukan-bouz.com/syu/
海月(くらげ)https://www.zukan-bouz.com/com/
これだけ沢山の作り身に使う材料が紹介されています。
作り身に使う材料が上記に限られているわけではありません。
生食できる魚介類は作り身として使うことができます。
この中でも「鱧(はも)」について紹介させてください。
「鱧」という魚は京都の夏の風物詩と云われている食材です。
祇園祭りが近づくとどこの料理屋でも鱧のおとしや鱧寿司が提供されます。
京都では祇園祭りを別名「鱧祭り」と呼ぶそうですが、実際にそう言っている人に
お会いしたことはありません。
鱧は梅雨の水を飲んで美味しくなるとも云われていますが、これは梅雨の時期と
鱧の走りの時期がかぶっていることからそう云われるようになったそうです。
山間盆地の京都で古くから鱧が愛好された理由は生活力の旺盛な鱧が水をはなれてからも
長く生きていられたからです。
「京都の鱧は山でとれる」という笑話は明石から荷を
担いでくる行商の人が途中一服つけている隙に籠からぬけだした鱧が土にまみれて
人に拾われた・・・というようなところからまことしやかに伝えられたのが始まりだった
そうです。
成長した鱧には2メートルを超すようなものもあるそうですが、食べて美味しいのは
せいぜい1メートルどまり、60~70㎝程度の青春期のものが最も美味です。
鱧の美味の特徴は、淡味上品の四文字につきます。鱧を鱧の形のまま賞味するには
背肉に1cmから2cmくらいの細いしかも硬い小骨が、頭から尾にむかって
重なりあって無数にならんでいるので、これをなんとか口に当たらぬように
処理しなければ折角の淡味上品もなきに等しいことになります。
昔の京都では活きたままの海魚はなかなか得られなかったので、
鱧を鱧の形のままで賞美しようとする工夫が発達しました。
それが「骨切り」です。
鱧を開いたり三枚にあげて俎板の手前の端に皮肌を下にしてぴっちりと密着させて捉え
骨切り包丁というやや重量の重い特別な包丁で皮にとどくところまで一定の
間隔に包丁目を入れるのです。肉と共に小骨を切りしかも皮肌までは切りこまぬ
といった呼吸が要求されます。
「一寸の身を二十四に切る」のが京都の鱧の骨切りです。
骨切りした鱧を適当な大きさに切り落とし、葛をたたいて塩湯で湯がきます。
それに管牛蒡、つる菜をとりあわせた清汁仕立ての椀盛りは
その姿が咲きほこる牡丹に似たことから「牡丹鱧」と呼ばれています。
鱧を向附に使うには次のような調理法があります。
へぎ作り、洗いは三枚にあげた鱧の皮を引き上身とし斜めに極く薄くへぎ作りにします。
このときの包丁の斜めの角度は丁度骨切りに相当するのですから
薄紙をはぐような角度が望ましいわけです。
へぎ作りにしたらザルにとり何度も水をかえながら洗います。身がたち、舌触りのさわやかな
お作りになります。
切り落とし、湯引きは骨切りした鱧を2cm毎に切りはなし、湯引きしたものです。
梅肉醤油で召し上がっていただきます。
白焼きは骨切りした鱧を金串に刺して焼いたものです。
串に刺すとき包丁目が離れぬようなるべく身を寄せてさすのが定石。
塩焼きは塩をして白焼きと同じ要領で焼き上げます。
付け焼きは濃口醤油に同量の清酒を混ぜたものを二度ほどかけて焼き上げます。
白焼き、塩焼き、付け焼きはいずれも2cmの小口切りとし、
かけ醤油は二杯酢がよく、胡瓜もみ、雷干し、大根おろしなどを添えるかまぶし
穂紫蘇などをあしらいます。
鱧をこのように向附に用いるのは夏の朝茶の懐石などには最もふさわしいものです。
野菜の「向附」
12月から2月中旬にかけて催される夜咄茶事の向附には、湯葉の煮つけに
花鰹をふっさりと盛ったものとか風呂吹き大根のようなものが用いられますが
これらは夜咄茶事が厳しい寒さの季節の、しかも夕刻から催されるものなので
生魚の作り身ではいかにも冷たく感じられるところから、こうした温かいご馳走で
おもてなしをしようとする心入れのあらわれでありまして、従って盛り付ける器も
あらかじめ温めておくといった気配りも忘れてはなりません。
茹で方の是非
野草、野菜を向附として使うには、極くすくない例外を別として大抵の場合は
前処理として「茹でる」必要があります。
茹で方の巧拙が浸し物、あえ物の美味の大半を決するといっても過言ではありません。
浸し物
野菜や野草を材料にした向附で最も一般的なものは浸し物であります。
そして浸し物というとすぐ連想されるのは「葉のもの」でしょう。
菜っ葉の個性の味を尊重する建前からいえば茹でてザルにあげて団扇で煽いで手早く冷やし
食べよい大きさに切って醤油をたらして頂くにかぎります。
花鰹や切り胡麻をふりかけると味は濃厚になり複雑になりますが、
いわゆる個性味が薄くなるのはやむをえないことです。
法蓮草、菊名、三つ葉、つる菜などがこれに属します。
和え物
浸し物と共に野菜の向附によく用いられる調理法に和え物があります。
浸し物と和え物に違いは判然と区分けできるものではありません。
浸し物の中の最も浸し物らしい浸し物といえば前項に記した
「菜っ葉に醤油をたらしたもの」ですが、「切り胡麻や花鰹をふりかける」と
もうすでに和え物の性格に近づいてしまいます。
和え物の中の最も和え物らしい和え物に「あいまぜ」があります。
「あいまぜ」は、いかにも京都的な料理でありまして、はじめは精進料理として
僧院にうまれ、追善茶事などの「あいまぜ膾」として向附に盛られました。
「あいまぜ」とは、和えると交ぜるの二つの操作を結びあわせたことばであり、
この二つが丹念にされたときおいしい「あいまぜ」がつくられるのであります。
大根膾のように大根を極く細長い白髪に切り、塩をふり5分間ほどそのままにした後
よく揉み、これを大量の水の中に入れ手早く水をとりかえて塩分をすっかり抜ききり、
布巾に包んで水分をしぼります。このとき、重石をかけるぐらいにして水分を絞りきると
大根は木綿糸のようになります。このもつれあった糸のような大根を大根の約二倍量の
白酢を吸収させるのが目的なので、時間がたつにつれて白酢は少なくなり、
大根は太くなってまいります。ちなみに白酢の濃度はすこしとろりとするくらいの
液状が理想です。一夜置くと白酢は全部大根に吸い込まれています。白酢が全部吸い込まれて
いながら大根がのびきっていなかったら、さらに白酢を加えます。白酢の追加を高野豆腐や
麩を煮た残り汁にきりかえるのも一法です。ともかく大根がふっくらとやわらかくなるまで
一日に五、六回は丹念にまぜかえし大根の糸のもつれをほぐしてやります。
水洗いの時に塩分が大根に残っていては白酢を吸い込みにくいので注意して手早く洗うようにします。
大体、二、三日はかかります。冷所にたくわえて美味しくなるのを待ちます。
甘煮にした椎茸と生麩の細切りを約五分の一ほどまぜあわせて出来上がりです。
この「大根のあいまぜ」が十一月から二月にかけての炉の季節の向附であるのに対して
風炉の季節の「あいまぜ」は胡瓜やずいきの細切りで作ります。
そして、これは季節的にいっても即席に作られねばなりません。それだけに「大根のあいまぜ」
のような深い味は求められません。
陽春の御献立には木の芽味噌を用いた和え物が多くなります。
木の芽和えは春のほんのひとときに食べてこそ美味しい料理です。
烏賊、たこ、ゆり根、筍、蒟蒻などが木の芽和えの材料になります。
材料と木の芽味噌との分量の割合の適不適は、木の芽和えの美味の分岐点とも
言うべきものですから、是非このコツを体得していただきたいのであります。
木の芽味噌にかぎらず胡麻味噌、その他の味噌の和え物の場合でも同じですが、
この比率は、味噌三に材料七ぐらいが理想で、それ以上に味噌が多くなると
全体の調味がくずれて美味を逃がしてしまいます。
総じて「和える」ということは「和敬清寂」の和でありまして、あえる材料と
調味料との和合をはからねばなりません。
和え物の種類
本書では各種和え物についても解説してありますが、名称だけご紹介します。
胡麻和え、黒胡麻和え、胡桃和え、落花生和え、芥子和え、山葵和え、おろし和え、
紅葉和え、みどり和え、枝豆和え、あいまぜ、芥子胡麻和え、胡麻味噌和え、
木の芽和え、白和え、酢味噌和え、芥子酢味噌和え、梅肉和え、雲丹和え、
生野菜の向附
浸し物、和え物という料理の一般概念からいえば野菜も野草も一旦茹でて用いることが
普通ですが野草はともかくとして野菜は生のままでも食べられるものが多く、
生で食べられるものなら生のままの時の方が栄養価が損なわれず美味しいのが道理です。
人参、大根、蕪、独活、茗荷、セロリ、三つ葉、紫蘇、キャベツ、タマネギ
これらは極く細く切り、色どりよく、二種、三種、ときには五種ととりあわせ、
小深い器にふっさりと盛り、胡麻酢をかけて差し出せば立派な向附になりましょう。
本書が出版されたのは50年程前ですが、すでに生野菜をサラダ感覚で向附として
提供していたことには驚かされます。
野菜の向附の材料
野菜の向附の材料についても解説してありますが、名称だけご紹介します。
大根(だいこん)蕪(かぶら)人参(にんじん)牛蒡(ごぼう)里芋(さといも)
薩摩芋(さつまいも)馬鈴薯(ばれいしょ)つくねいも 海老芋(えびいも)
菜(蔬菜一般の事をさしています)白菜(はくさい)しゃくし菜 水菜(みずな)
からし菜 ほうれん草 キャベツ 三つ葉 つる菜 茄子(なす)胡瓜(きゅうり)
糸瓜(いとうり)独活(うど)蓴菜(じゅんさい)蓮(はす)ずいき 蓮芋(はすいも)
料理菊(りょうりきく)茗荷(みょうが)蕨(わらび)土筆(つくし)蕗(ふき)
筍(たけのこ)ぜんまい 百合根(ゆりね)七草(ななくさ)嫁菜(よめな)
松茸(まつたけ)しめじ なめこ などなど
「向附」の盛り付け方
膳と卓
中世の食事は膳部組といって一人一人が折敷なり脚付き膳なりに向かって食べたものでした。
それが生活様式の変化につれて食卓式に変わってきたわけですが、味覚に無智な大尽は
食卓一杯ところ狭しと器をならべたてることが豪華高等な食事だと勘違いするように
なりました。そしてそのような風潮を料理屋料理が助長しました。
折敷とかお膳にはおのずからなる品位ある寸法がきまっていて、その上に置きあわせて
こそ向附という名も生きてくるのであって向附の器の大きさもおのずから決まってくるのです。
この品位ある大きさこそが人間の食事としての品位でありましょう。
方式と法則
「山水に盛る」とか「七五三方式を厳守せよ」とかいうのを盛り付けの奥義か秘伝のように
いう方があります。しかし本来、盛り付けに法則があるわけではありません。むしろ、山水だ、
花鳥だ、七五三だ、宝船だということは、それだけ手数と時間が余計にかかることですし、
刺身は秒を刻んで鮮度が失われてくのですから想像するだに不潔感をおぼえます。
清新な気分が感じられる盛り付けこそ最高の盛り付けであると申せましょう。
と、おっしゃっておりますが一応「○○盛り」みたいな盛り方はありますのでご紹介します。
杉盛り
杉盛りはその姿が杉の梢に似ているところから名付けられたものです。
一箸で大づかみにした細づくりを器の中央やや向寄りに据え、その上にかけ渡すように
一切れづつ細作りをかさねて梢の姿に盛り付けます。
浅い器には富士の頂きが雲の上にぽっかりと見える形に、深い器には杉の梢が
渓間から垣間見えるといった姿が理想です。
乱盛り
乱盛りは杉盛りに次いで懐石の向附では代表的な盛り方です。
乱とはいえ決して乱雑に盛って良いという意味ではありません。
乱盛りとは「何気なく」「さりげなく」という気持ちで盛らなければいけません。
あくまでも清潔で控えめでスッキリとした盛り方が要求されます。
節盛り
節盛りは平作りにした作り身を五節(五切れ)ないし七節(七切れ)なりを
ひとまとめにして盛り付けたところからそう呼ばれるようになったそうです。
節盛りの長所は包丁をし終えた作り身をそのままに形で迅速に盛ることができる
ということです。杉盛りも乱盛りも節盛りにくらべれば盛り付けに余計な手数が
かかります。しかし、懐石の向附にはあまり適さない盛り方です。
褄折り盛り
褄折り盛りというのは薄作りの作り身の両端を折り曲げたものの事ですが
まげた方を下にして五節ないし七節を乱盛りにしたのを「褄折り盛り」と申します。
まぜ盛り
材料を二種とりあわせて盛るのをまぜ盛りといいます。
所謂料理屋風料理の二種盛りとは本質的に異なります。
コストを抑えるための二種ではなく、あくまでも味の調和を考えての
二種であります。つつましやかに二種が寄り添うように盛るのがよく
所謂二種盛りと差別して「まぜ盛り」と呼びます。
まぜ盛りの盛り方の原型は杉盛りに近く清楚な感じに盛られるのが理想です。
杉盛りの清楚さは詮じつめれば三角錐に盛られることであります。
まぜ盛りも三角錐を目安として盛り付けます。
和え物の盛り付け
和え物の盛り付けで注意するべきことは胡麻酢なり二杯酢などが分離して流れ出す
おそれがあるということです。これを防ぐためには盛りつける十分前ほどに和え
充分に含ませおき、盛りつけるときに若干絞り気味にして盛りつけると良いです。
カイシキのこと、ケンのこと、ツマのこと
向附に添盛りされるものを、カイシキ、ケン、ツマの三種に分ける分類もあるそうです。
カイシキとは胡瓜や紫蘇の大葉などを料理の下に敷きこんだもので、
大昔の土器時代の名残とでもいいましょうか、もちろん食べるためのものでは
ありません。塗物の菓子皿に懐紙を折って敷きその上に菓子を据えるのもカイシキです。
カイシキの文字は掻敷と書きます。
材料には季節の葉、紙や金箔などが使われます。
カイシキを敷くことで料理の季節感を演出するという効果もありますが、
そのほかに器を汚さないようにという配慮もあります。
ケンのこと
祇園祭の山鉾の巡行は夏祭りの一つの頂点です。
立派できらびやかな山鉾はじつは屋根から突き出ている「ツルギ」や「ケン」や「ホコ」
のお飾りにすぎず、そのケンやツルギやホコが悪疫を追放してくれるという信仰からの
巡行なのです。ケンには悪を斬り従え、疫を追放する力がひめられていると古代の人は
考えていました。お作りに添えるケンにも同じ力を期待したのでしょう。
だからケンを漢字にすると剣と書くのですね。
日本人は鮮魚の生食が美味であり栄養の面からも優れた食べ方であると古くから愛好して
きました。しかし、生食には中毒の危険がともない消化にも余計時間がかかるという
難点があります。膾にケンを添えるのはながい経験のすえに考えついたことでしょう。
白髪大根がケンとして用いられるのは大根の中に含まれる消化促進剤であるジアスターゼの
効果を期待したからです。
ツマとは色彩、香気、歯触りの三つの要素からなりたつものです。
この要素が味の引き立て役として働いてこそツマであります。
シテ(主役)であるお作りに鮮度が求められるのと同じようにツマも新鮮でなければなりません。
おろし類
大根おろしや山葵おろしはケンかツマか。
大根も山葵もその特有の性質からいってケン的要素を多分にもつものであり
その観点からいえばケンといってよいでしょう。
そのまま齧ってもそれほど香りも辛みもない山葵がおろすと香り高くぴりりと辛く
なるかというと細胞の中に揮発性刺激性の物質を生成する̪シニグリンという配糖体が
含まれているからだそうです。細かく丹念におろすことでその細胞の一つ一つを
こわしてやるわけです。大根おろし、生姜おろしも目の細かいおろし金でおろすと
美味しくなります。
新鮮な魚のお作りにそえるおろしの役割は味覚のひきしめという一点にしぼって
考えなければなりません。
「ケンとツマの材料」
本書ではケンとツマの材料について一つ一つ解説してありますが名称だけをご紹介します。
大根 胡瓜 独活
坂本菊https://www.kyodoshiga.jp/index.php?/member/detail/1778
和布(わかめ) 三つ葉
ちしゃ軸https://hb.afl.rakuten.co.jp/ichiba/
わけぎhttps://foodslink.jp/syokuzaihyakka/syun/vegitable/negi-wakegi.htm
あさつきhttps://foodslink.jp/syokuzaihyakka/syun/vegitable/negi-asatuki.htm
寒草https://hb.afl.rakuten.co.jp/ichiba/1fe21c97.6ed051ea.1fe21c98.54582c42/
土筆https://foodslink.jp/syokuzaihyakka/syun/vegitable/tukushi.htm
早蕨https://hb.afl.rakuten.co.jp/ichiba/1fe2377e.076e0678.1fe2377f.bc17073b/
防風https://hb.afl.rakuten.co.jp/ichiba/1fe23d43.145dd6de.1fe23d44.87a0ab61/
松菜http://www.shinkami.co.jp/2019/06/09/matsuna-22/
菜の花https://foodslink.jp/syokuzaihyakka/syun/vegitable/nanohana.htm
生海苔https://hb.afl.rakuten.co.jp/ichiba/1fe24b38.5e7fc660.1fe24b39.41e2bb60/
青海苔http://www.kaikyokan.com/31aonoritankentai/
とさか海苔https://www.zukan-bouz.com/syu/
神馬藻https://www.zukan-bouz.com/kaisou/kassou/hondawara/hondawara.html
岩茸https://hb.afl.rakuten.co.jp/ichiba/1fe25376.1e847dbe.1fe25377.e100d0e2/
黒皮茸https://sansaibook.com/boletopsis-leucomelas/
紫蘇 朝瓜 糸瓜 茗荷 唐辛子
蓮芋https://hb.afl.rakuten.co.jp/ichiba/1fe20f2a.0a3c2992.1fe20f2b.935d2a72/
海松(みる)https://www.bioweather.net/column/ikimono/manyo/m0607_
おご海苔http://chibadai.flier.jp/algae/algae/kaisou/aka/ogonori/ogonori.htm
浅草海苔http://www.jtco.or.jp/column/readings/?act=detail&id=77
松葉海苔
十六島海苔(うつぶるいのり)https://e-dashi.com/kamojinori/
海素麺https://hb.afl.rakuten.co.jp/ichiba/1febc07c.777ce291.1febc07d.59d3c65f/
もずく
莫大(ばくだい)https://hb.afl.rakuten.co.jp/ichiba/1febcb3b.272e4506.1febcb3c.aacecbcf/
木耳https://hb.afl.rakuten.co.jp/ichiba/1febccac.ce6caead.1febccad.0bc56326/
水前寺海苔https://www.zukan-bouz.com/syu/
加茂川海苔
かけ酢、かけ醤油
かけ酢、かけ醤油には以下のようなものがあります。
本書の解説を簡略しています。
二杯酢 三杯酢 煎り酢 南蛮酢 辛子酢 蓼酢 黄身酢 吉野酢 辛子酢味噌
酢味噌 白酢 山葵酢 生姜酢 橙酢
いり酒 濃口醬油 加減醤油 山葵醤油 生姜醤油 酢橘醤油 柚子醤油 橙醤油
梅肉醤油
二杯酢
酢と醤油を同割に混ぜたものが基本です。嗜好や材料によっては割合を前後させる
場合もあります。
三杯酢
酢、醤油、酒を三同割で混ぜたものが基本です。
場合によっては酒を出汁にかえても結構です。
いり酢
酢2に味醂1を煮たたせて醤油で加減したものです。
南蛮酢
酢3、味醂1に鷹の爪を入れて煮立たせ醤油で加減したものです。
芥子酢
二杯酢に芥子をときこんだものです。
とき芥子は熱湯でかたくとき、一時間後に使います。芥子は殺菌力の強い香辛料だと
云われているそうです。
蓼酢
蓼の葉をよく摺って酢をまぜて濾したものです。
蓼はタデ科の一年草で川原などに自生します。鮎の釣れる渓流に蓼が繁っているのは
蓼と鮎との食味のとりあわせを暗示しているようです。
ご飯粒を少量加えて蓼のはと一緒に摺りつぶし、酢を加えて摺りのばす方法もありますが、
粘り気が強すぎるのはお作りには不向きでしょう。
黄身酢
卵黄をよくとき酢と塩と少量の砂糖をまぜて火にかけ、とろりとしたら火からおろし
うらごしたものです。
吉野酢
二杯酢を火にかけ、水溶き葛を加えてとろりとしたときに濾して冷えてから使います。
芥子酢味噌
白味噌にたっぷりととき芥子を加え二杯酢で摺りのばします。
川魚の洗いに欠かせないかけ酢です。
酢味噌
芥子酢味噌が白味噌に限るのに対し、三州味噌や田舎味噌などの赤味噌系の味噌を
二杯酢でのばすときには味噌の個性味が強いので芥子を加えないのが普通です。
味噌の持ち味によっては極少量の砂糖を添える必要もありましょう。
白酢
木綿豆腐を水から火にかけ浮き上がったら布巾に包み俎板二枚の間に挟んで水切りをします。
白胡麻を煎って摺りつぶし水切りした豆腐を加えてよく摺り(豆腐7:胡麻3:砂糖少々)
二杯酢でトロリとなるまで摺りのばします。
山葵酢
二杯酢におろし山葵をとき入れます。山葵はこまかい目のおろし金でねっとりとおろします。
生姜酢
土生姜をおろし金でおろし、布巾に包んで絞って生姜汁をとります。
二杯酢に生姜汁を加えて生姜酢とします。
橙酢
橙の絞り汁と二杯酢を合わせて橙酢とします。
いり酒
酒一升につき梅干し五、六個を入れこれが半分量になるまで煮詰め、冷ましてから濾し
塩、味醂で調味します。
濃口醬油
懐石の向附には主として白い身の魚が用いられますので濃口醬油一本でかけ醤油と
することは極く稀です。鮪、鰹の類が向附に使われたときには濃口醤油が用いられますが、
この場合でもごく微量の酢をおとします。
かげん醤油
濃口醤油と淡口醤油を半々に混ぜ合わせ少量の出汁でのばします。
濃淡の割合はお作りの身の色によって調整しなければなりません。
この場合も微量の酢をおとすと味がひきたちます。
山葵醤油
濃口醤油に極微量の酢をおとしねっとりとおろした山葵をときこみます。
生姜醤油
淡口醤油に生姜の絞り汁をまぜあわせます。
すだち醤油 柚子醤油 橙醤油
柑橘類のうち、橙、柚子は酸味を多量に含んでいるので天然の果実酢として古くから利用
され親しまれてきました。すだちは極く小さな実から清冽な酸味の強い果実が得られ
特に松茸との調和がよろこばれています。
梅肉醤油
梅干しの種子を抜きとり皮を剝き裏ごしにかけます。
梅干しは紫蘇の葉で赤く漬けこんだものを使います。
裏ごしした梅肉はそのままでは酸味が強いので砂糖を少量まぜあわせて
酸味をおさえて淡口醤油でのばします。
「向附」に使う器
懐石の食器に陶磁器が用いられるようになったのは桃山末期ごろだそうです。
すべての器が漆塗である中で客前に持ち出す折敷の向正面に置かれるお作りの器に
用いられた陶磁器が懐石の食器として登場するきっかけとなりました。
その頃から器の名称として向附がうまれ、いつしかそれに盛る料理も向附と呼ばれるように
なりました。
向附には陶器(土のもの)、磁器(石のもの)の他に夏季用としてガラス器(義山)
竹器(籠)などが用いられます。陶器でもその姿や形、深浅、色調に応じて季節の
雰囲気に調和するように使い分けが考えられています。
茶の湯では11月から4月までを炉の季節といい、5月には炉を閉じて風炉を据えて茶席の
風情もグッと涼しげにしつらえ、5月から10月までを風炉の季節といいならわしています。
炉の季節には小深い器や土肌のやわらかい感触、あたたかみを感じさせる色彩の器が
季節に調和する器として愛用されますが、風炉の季節には涼し気な色彩、なめらかな肌の磁器
開放感のある器がピッタリしたものになります。
「義山」と漢字をあてたギヤマンの器や、漆黒塗の桶なども涼感をもりあげる効果から
風炉の季節にはしばしば使われています。
向附の陶磁
本書では向附に使われる器の名称に解説がしてありますが、名称だけを紹介します。
中国の陶磁
黒瓷擂茶盌(こくしるいざわん)邢州窯白磁(けいしゅうようはくじ)
越州窯青磁(えっしゅうようせいじ)白縁天目釉(しろふちてんもく)宋赤絵(そうあかえ)
祥瑞(しょんずい)赤絵金襴手(あかえきんらんで)萬暦色絵(ばんれきいろえ)
天啓赤絵(てんけいあかえ)呉須赤絵(ごすあかえ)影青(いんちん)均窯(きんよう)
宋青磁(そうせいじ)色絵南京(いろえなんきん)古染付(こそめつけ)
磁州窯白瓷(じしゅうようはくじ)柿天目(かきてんもく)
日本の陶磁
保全(ほうぜん)乾山(けんざん)仁清(にんせい)楽(らく)織部(おりべ)
志野(しの)黄瀬戸(からつ)唐津(からつ)古伊万里(こいまり)色鍋島(いろなべしま)
古九谷(こくたに)道八(どうはち)魯山人(ろさんじん)
南蛮の陶磁
和蘭陀(おらんだ)宋胡録(すんころく)交趾(こうち)
上記が本書で紹介されている茶懐石で向附に使う器ですが、
なにもこの器でなければいけないというわけではありません。
本書のまとめとして著者の辻嘉一氏は
「料理と器と季節感との三位一体の中に日本料理の真の姿が見られるのです。」
と書かれています。
つまりは料理と器と季節感のバランスが大切ということですね。
「辻留 向附(婦人画報社)」
向附の記事を書く為に本書を久しぶりに開きました。
若い頃にはあまり理解できなかった内容でしたが、さすがに30年も
料理人をやっていると少しは料理のことがわかってきたのか、
ついつい記事を書く事を忘れて読みふけてしまいました。
本書は技術書でもありますが、著者の生きざまや心情も垣間見える
自伝のような一冊です。